明治四年(1871年)横浜開港資料館蔵 東海道の宿場と鉄道

鉄道開業の前年 神奈川台町の高台からの写真で、海の中に線路が築かれ、神奈川宿の家並が海と至近距離であったことが分かります。

洲崎大神より北側(江戸寄り)は、寺社が多く配置され、侍足軽を待機させ、防衛機能をもった作りになっていたと思います。対して、神奈川の台は、茶屋が立ち並ぶにぎやかな街並みであったようです。

現在の料亭田中屋

田中屋のある坂を登りきって、下り坂を振り返って。

江戸時代、にぎやかだった台町は、開港した関内や鉄道の駅ができた横浜に人の流れが移り、海も埋め立てられ、今は静かで落ち着いた住宅地となっています。
地形に合わせ人々が歩いた跡が道になったような自然なカーブに趣を感じます。


旧東海道は、街道に設置された関門をすぎ、低地に出ると西から東へ流れる帷子川左岸と北側の台地の間をしばらく上流に向かって続き、現在の相鉄線天王町駅のある場所で、帷子川を渡り、権太坂を登って行きます。この辺りの事については、また後日にします。