ぶらっと恩田川

土いじり。時々、恩田川の散歩、街歩きに登山。

22/04/09 谷戸田の風景

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先週の土曜日に、種籾の塩水選・温湯消毒・浸水作業を行い、今日は、畑苗代に、うるち米(里じまん)、もち米(マンゲツモチ)、黒米(朝紫)の三品種を播種しました。

作業が終わり、田んぼに出て

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谷戸田の入り口の山桜も散り始めたことに気づきました。

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桜の花びらがひらひら舞うように散っていたのですが、写真には撮れていませんでした。

 

 

22/03/10 墓参り

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1945年3月10日未明、東京の下町が焼け野原に化しました。

当時、祖父は、父や叔母を残して、消火活動に自宅へ戻り、そのまま戻ることはありませんでした。探し回った父は沢山の焼死体を見たそうです。

父の兄も、数日後、硫黄島で戦死しました。自宅も焼失し、母(祖母)と二人の姉と、弟(疎開中)、妹が残されました。

15歳の父や叔母伯父も戦後をそれぞれ平凡に生き天寿を全うしていきました。生きていいて、今のニュースを見て何と言うだろうか。父や祖母、叔母(妹)が眠る祖父がたてたお墓を掃除をしながら、いろいろ考えてしました。

自身がたてたお墓に眠ることが出来なかった祖父や遺骨が戻らない伯父(兄)の霊は、まだ、彷徨っているのではないかとも思いました。

日本は、無条件降伏後、『国』は何とか残りました。そのおかげで、一家は、多少のぎくしゃくが有っても、平和な暮らしを享受することが出来ました。

国家があれば、自身の行く末を自身が決定することも可能です。だけど、今、それ(主権国家)を奪う戦争が起きている事態について、このことをどのように収めることができるのか。今後同じようなことが起きないようにするにはどうしたらいいのか。その問いに対する最適解を示すことができるのか。そして実現できるのか。それとも、第二次世界大戦が起きる前の時代に戻ってしまうのか。

あの世に旅立った祖父や伯父から試されているような気がします。

丹沢、箱根の山並み

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この時期、低気圧が相模湾を通り過ぎると東京23区や横浜でも雪が積もることが有ります。

この前は、みぞれ程度で積雪は見られませんでしたが、丹沢には雪が残っているのが見えます。
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時々冷たい風が吹き渡り、空気は澄み、箱根の山々のスカイラインまでクッキリ見えます。

ポッカリ、雲が浮かんで、陽射しは明るくのどかな午後でした。

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みぞれで湿り気を得て、ふきのとうが出てきました。春、近しです。

 

畑は、秋ジャガの堀上げを終えて、昨年九月に春ジャガの後作に植付けた九条ネギを秋ジャガを掘り上げた後に少しづつ移植し、今日、移し終えました。