ぶらっと恩田川

土いじり。時々、恩田川の散歩、街歩きに登山。

常見谷戸

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冷た~い底なし沼みたいな田んぼがあったら怖い
大きなコンバインなどは使えないのはその通りですね。
でも、冗談ではなく、今よりもっと、水が溜まっていた可能性はあって、相澤雅雄著『横浜・緑区 歴史の舞台を歩く』の「都筑の面影を残す梅田谷戸」で、「梅田の地名は、神奈中バス停の坂下の所に昔大池があって、いつの頃かにこの大池を埋め、水田としたので、この地名が起こったと伝えている。大池があった頃は、坂下から急な念珠坂を越えなければ、北方との交通が出来なかったと言う。まさに梅田は、別天地であった。」と、書かれていて、もっと以前は、細長い窪んだ袋状の谷戸の奥に、水はけが悪い沼地が残っていたことは充分考えられるね。なぜ、浅くなったか?その原因ひとつは、富士山の降灰が影響したんではないかと思うんだよね~エ